書誌情報
対象
36-80
研究の種類・調査の方法
介入の方法
アウトカム
図表
概要・結論
本研究は,中高年者において姿勢計で測定した座位を立位に置き換えることで,血糖値や中性脂肪が低値を示し,高比重リポたんぱくコレステロール(HDLC)が高値を示すことを明らかにした.座りすぎ(座位行動)は,糖尿病や循環器系疾患の発症リスクや総死亡リスクと関連することが知られている.座位時間を減らすことを考えた場合,座位を運動やスポーツ,中高強度の活動に代えることよりも,立位に代えることは敷居が低く,現実的である.しかし,立位が疾患の危険因子に及ぼす影響は十分に検証されていない.人が1日に使える時間は有限であり,ある活動の時間を1時間増やせば,必然的に他に費やす時間を1時間減らさなければならない.最近,この相互依存関係を考慮したisotemporal substitution model(ISM)という新しい解析手法が考案された.そこで本研究では,中高年者において座位から立位への置き換えと冠危険因子との関連を,ISMを用いて検証することを目的とした.本研究は,豪国の一般住民を対象として2000年に始まったAustralian Diabetes, Obesity an Lifestyle Studyの第3ウェーブ(2011~2012年)のデータを解析した横断研究である.対象者は,姿勢計の有効データを1日以上提供した698人(女性57%,平均年齢57.9歳)だった.妊娠中の人,目的変数や共変量に欠損がある人は解析対象から除いた.本研究の説明変数は,対象者が大腿前面に装着した姿勢計(activPAL3)により評価した座位,立位,歩走行に費やした時間であった.対象者は,連続1週間,睡眠を含む24時間にわたって姿勢計を装着するよう依頼された.この姿勢計は,3軸加速度計を内蔵し,独自のアルゴリズムにより座位,立位,歩行を妥当に判定できる.起床や入床時刻は自記式の記録に残し,非装着や睡眠を除いて解析した.有効日が1日以上の対象者のデータを1日平均に換算して統計解析を施した.本研究の主要評価指標は冠危険因子であった.具体的にはBMI,腹囲,収縮期および拡張期血圧,ヘモグロビンA1c,血糖,HDLC,低比重リポたんぱくコレステロール,中性脂肪,糖負荷後血糖2時間値などだった.血液は早朝空腹時に採取された.統計解析については,座位,立位,走歩行に費やした時間を説明変数,各冠危険因子を目的変数とした重回帰分析とした.説明変数の投入の際に,前述したISMを適用し,行動の置き換え効果を推定した.共変量は,年齢,性,BMI,世帯収入,喫煙状況,就業状況,閉経状況などから,目的変数ごとに影響がある変数のみに絞った.覚醒時間の平均は15.7時間/日だった.そのうち8.8時間/日を座位で,4.9時間を立位で,2.0時間を歩走行で費やしていた.ISMを用いた解析の結果,座位2時間を立位2時間に置き換えることで,血糖値が2%,中性脂肪が11%有意に低値を示し,HDLCが0.06 mmol/L有意に高値を示した.一方,座位2時間を歩走行2時間に置き換えることで,BMIが11%,腹囲が7.5 cm,糖負荷後血糖2時間値が11%,中性脂肪が14%低値を示し,HDLCが0.10 mmol/L有意に高値を示した.
中高年者において日常生活下の座位を立位に置き換えることで,血糖値や中性脂肪が低値を示し,HDLCが高値を示すことが明らかとなった.日常生活下で座位に費やす時間を立位に代えることを狙いとした介入が有益である可能性を示唆している.
本研究は,日常生活行動における座位行動評価の準基準法と期待されている姿勢計を用いており,強度別の時間ではなく,姿勢に着目している点で独創性が高い.また,座位から立位というわずかな変化であっても,健康リスクと関連が認められる点は興味深い.ただし,ISMは,あくまで理論上の統計学的な置き換えに過ぎず,同一個人の行動が実際に縦断変化した際の影響を表現したものではないことに注意が必要である(笹井・中田, 運動疫学研究, 2015).
笹井浩行